MasterKoda’s blog

半導体エンジニア、マーケッターです。テクノロジーや読書について書きます。

父と暮らせば

「劇団おおたかの風」の公演へ足を運んだ。 http://otaka-no-kaze.work


父と暮らせば
演出: 中村慎一郎
原作: 井上ひさし

原爆の恐ろしさ < 人間の尊さ

舞台は原爆後の広島。原爆で亡くなった父、友人を想いながら「原爆病」と「人を好きになること」に悩む女性「美津江」。

戦争や原爆に触れる物語やドキュメントでは、ひたすらにその悲惨さを批評することが多いと感じるが、この舞台ではそれに限らない視点があった。

原爆の威力や悲惨さを表現しながらも、生きていくことや死別してもなお途切れない友人への想い、父との絆の尊さ。

恐ろしいことを恐ろしいと伝えること以上に、見つめるべき存在に焦点を当てていた。つまり、原爆や死に対する後ろめたさを払拭し、生きるという人間の尊厳に向かい合うような、意味深い作品であった。


死んでいくことが自然で、生きていることが不自然な世界

舞台中で語られた当時の広島の状態。生きている美津江は不自然な存在であり、それ故に自分が尊い存在であることに気づいていく。

小劇場の迫力

小さな頃から観劇鑑賞の機会を重ねてきたが、成長してようやくわかる舞台の面白さ、小劇場ゆえの心に響くものを体感中。

舞台鑑賞という贅沢

映画や番組を家で検索して気軽に見ることができるようになった時代において、舞台鑑賞はその時々の一度きりしかない表現として、非常に贅沢な空間である。

観客が決める舞台の価格

いわゆる投げ銭方式。無料で手に入るものが増えたからこそ、自分たちの存在価値を顧客に決めてもらうことはとても合理的かもしれない。そもそも本質的には、価格とは顧客が決めると考えるべきか。

仕事と休日と舞台

仕事や休日をそれぞれを分解して考えてしまいがちだが、舞台ですらそれぞれの人生、稽古、公演スケジュールに基づいて出来上がっていることを思うと、本来はどんな構成要素も分解して意味づけをすることはできない。分析して因果関係を探るが、わかり得るのは相関関係のみである。舞台は、そういった連続性を感じる手段であるようだ。