About Master Koda

半導体エンジニアです。テクノロジーや読書について書いています。

USB Blasterのドライバーインストールを手動でおこなう

PCをクリーンインストールしたのちに、Quartus Pirmeをインストールしなおして MAX10基板を接続してもUSB Blasterのドライバーが正しくインストールされていないと下記のような表示になる。

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USB Blasterが認識されない

この現象はQuartus Primeをダウンロードする際にUSB Blasterのインストールを怠った場合に起きる。FPGAが手元にない状態だったため怠ることは仕方がないと考えたが、本来ならDriverのダウンロードだけはしておくべきだった。

対処には、この人のやり方が参考になる。

MAX10 USB-Blasterが認識されない – yuki-sato.com

ただし、記事中のリンクがWindows7用になっているので、Windows10用のページは自分で検索。検索すると下記のページが出てきた。

Altera USB-Blaster Driver Download for Windows 10, 7, 8/8.1 - Drivers Update Center

このページまで飛んで、Usb_blaster_q16.1というフォルダがダウンロードできる。

File:Usb blaster q16.1.zip - Terasic Wiki

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ドライバーが正常にインストールされた

ドライバーが正しくインストールできると、USB Blasterが見えるようになる。

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USB Blasterが認識された

無事にUSB Blasterが見えました。 書き込みも問題なし。

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USB BlasterがQuartus Prime上でも認識された

備考

このページはUpdate管理用のプログラムのアップデートを要求されるため面倒でやめた。 https://driversupdatecenter.net/drivers/?driver=Altera+USB-Blaster+Driver&p=28#information

働く必要がない世界は来るのか?

お金2.0を読んで、モモが生きた世界の到来を予見する内容にドギマギしたのが記憶に新しいが、この本や、その他のお金や働き方について書かれた本では、人間が働く必要がない世界が来るという憶測が飛び交っている。その実現性はともかくとして、もしそういう世界が到来した時に、自分は働くということに対してどう言った感覚を得るのか、想像することは有意義だと考える。

自分は、なぜ働き始めたのか。

お金

一番の理由としてお金という側面があるだろう。実際に働いて豊かな生活を得ているし、やはりお金はある程度あるといいものだ。お金を得たかった、あるいは豊かさを得たかったと言い換えることができるかもしれない。

風潮

意外に大きいと思っているのは、社会がそういう流れを持っているから、という点だ。つまり、結果から見れば、高校、大学、理系だった私にとって大学院まで進むことは多数派の道を進んだに過ぎない、ということだ。もちろんそこには自分なりの考えも持っていたのだが、外部から見れば、集団と同じ動きをしたと見える。集団は形を変えて自分を取り込んでいくもので、学校が変われば違う集団に、職場が変われば異なった価値観に埋め込まれることになる。こう言った側面がありつつも、その中に入り込んでいくことで、恒常性を保ってきた人生だったと言えよう。

やりがい

最後に、面白みを感じて働いてきた、という側面がある。曲がりなりにも、やりがいというものを持ってきたつもりだし、それがある仕事を選んだつもりだった。お金だけではない、周りの考えに合わせたわけでもない、自分なりの価値観を元に、やりがいを見定めてきた。

働くことがなくなったら全て失うのか?

以上が自分の働く意味だったわけだが、その働くということ自体がなくなった場合、その価値観はどう変化するのか、考えたい。

お金がタダでもらえる世界

完全な論理矛盾を孕んだこの言葉が、世界に実装された時、私は働く意味の1/3を失う。ベーシックインカムの導入は本気で検討されているし、無料のサービスも増え、お金のあり方が刻一刻と変化している。これは働かなければならない理由を大きく変えるだろう。自分自身も変わる。その時までにある程度の資産を作れていれば、その収入と合わせて、十分な生活が送れるはずだ。失うものがあれば得るものがあり、そんな社会が到来することに、貢献したいと願う仕事作りもまた、できるようになるかもしれない。

風潮に流されなくなるのか?

これは、なくならないと思う。一人ひとり働き方を選べるとして、そういった風潮に乗っかることで得られるメリットが多いわけだし、風潮が変わればその流れに沿うことになるだろう。所変わっても大小はあれど、何かの流れに生きていくということは避けて通れないだろう。環境を変化させて生きていく時に、恒常性を保つためには、流れに身をまかせる心意気も、また必要。

やりがいを持って生きることが出来るのか?

具体的な内容から考えてみたい。例えば、先生になればやりがいを持って生きていけると思う。学習を支えることとか、子どもと関わることで、自分も豊かになれると思う。こういった活動を行えば、やりがいを持って生きているける。自分にとっては、やりがいを持って生きることに対して、仕事は十分条件でもなければ必要条件でもない。活動と言い換えれば、それは必要条件になるだろう。

働くことが人生を豊かに生きることの必要条件になるのか?

以上の検討を踏まえると、働かなくても豊かに生きる方法はある。だから、働く必要がない世界は来ると思う。働かなくてもお金を得ることができて、みんなが働かないことが普通で、やりがいを、生きがいを持って生きていけるようになれば。なので、AIに仕事を奪われたらどうしようなんて考えなくても、どうぞ仕事を奪ってください、でいいと思うし、自分も働くことを人生の必要条件にしないように、注意したい。

吉村芳生 超絶技巧を超えて

美術展に行った。

東京ステーションギャラリー - TOKYO STATION GALLERY -

彼の作品は、現実を写実したものが多い。特に、写真を撮って細かく分解し、その一つひとつを塗りつぶす手法を用いることが多い。

また、もうひとつの特徴として、自画像を多く書いている。圧巻は、写真の一面を手書きし、その上に自画像を描いた作品。

印象に残った作品は2つ。ベタではあるが、フジの花を写実した 《無数の輝く生命に捧ぐ》2011-13年、個人蔵 と、新聞と自画像。特に秋葉原の無差別殺人事件の記事を一面にした作品が心に残った。


なぜ絵を描くのか?

彼のような作品のスタイルを見ると、なぜこのような描き方をしたのか?と思う。また、そもそもなぜ絵を描くのか?という疑問にもぶつかる。

機械的な手法で描かれる彼の絵には「誰にでもできる」というコメントを残している。もし「誰にでもできる」とすると、なぜあえて彼が描こうと思ったのか。もしそうでないなら、なせこのようなコメントを残したのか。

日本再興戦略 落合陽一

何かを求めてはいるけれども、それが足りないという状態は、実は依存症です。別に、自然でいればいいのに、メディアの定義した幸せを探す日々の中で、日本人はいつのまにか「幸せ依存症」になってしまったのです。

自分の可能性を最大限に生かすことに集中する方が合理的。

シリコンバレーとは、米国にありながらも、米国平均とは別のロジックで動く場所だと思ったほうがいいのです。

文化、人種、賃金のどれをとっても米国平均と異なることを肌で感じている。

「欧米」という概念とともに、近年の日本人が振り回されがちなのは、グローバル化という言葉です。

カーストは「自由がなく不幸」ではなく「安心かつ康寧」

康寧(コウネイ)とは - コトバンク

士農工商のうち、自分はどのカテゴリに属したいか?

いままでの近代というマス世界 = 「1対N」の世界から、現代という多様世界 = 「N対N」の世界になると、「技術をオープンソース化していくこと」と「それをパーソナライズしていくこと」が一番のキーワードになります。

人口減少・高齢化がチャンスである3つの理由
  1. 省人化に対するネガティブな運動が起きないから
  2. 日本の経験を輸出できるから
  3. 子どもに投資しても不平が出にくくなるから
「自分探し」より「自分ができること」から始める

スタートアップのスーパーマンと仕事する際にモチベーションを保つ方法

スタートアップのスーパーマン

成功するであろうスタートアップにはスーパーマンがいる。そのスーパーマンはじゃあじゃあすれば当然、莫大な利益を得ることになる。例えそのビジネスが失敗したとしても、スタートアップでの技術的、ビジネス的経験が後のビジネスキャリアに大いに生きるだろう。 

スタートアップと日本のサラリーマンが仕事をする。

いくらスーパーマンと言えども、私の経験上、カスタマーサポートを必要とすることがわかった。ハードウェアスタートアップならではなのかもしれないが、彼らの経験の浅さを日本のサラリーマンである私が埋め合わせている。莫大なリターンを得る可能性がある顧客と、たかが知れているリターンしか得ることが出来ない自分を客観的に考察すると、与えられている可能性の差異に失望すら覚える。

それでもスタートアップと仕事する際にモチベーションを保つ方法

そうは言っても、動機を見出さなければやってられないのが仕事というものの常である。スタートアップと仕事することに何か見いだせるものがあるはず。

- リスクとリターンは表裏一体であることを意識する。

- なんなら自分もスタートアップやってしまえば良いと考える。

- とはいえスタートアップで働くことに怖気付く気持ちを受け入れる。

- 能力と報酬はやはり一致する方向に向かうと理解する。

- サラリーマンでありながらファウンダーのように働く。

 

ああだこうだ言いながらも現状に対する不満足がパワーになっているようです。

  

頭が良いと外国語ができるのか、外国語ができるから頭が良くなるのか

 

日本語脳、英語脳という言葉や、日本人脳、アメリカ人脳のような言葉には、日常のいくつかの場面で遭遇してきた。例えば学校、テレビ、会社。日本で出会ったシチュエーションではどれも「日本人は英語が苦手」の言い訳の材料として脳みそが扱われていたように思う。

 

仕事で英語を扱うようになり、本質的には外国語を話すことで頭が良くなっている気がする。もう少し噛み砕いていくと、少ない語彙でも伝わるように簡単な言葉で文を構成する力や、日本語の文法上は省略されても内容が通る文を英語に置き換えて明示する力など、日本語だけしか使わないと考える必要のないことに頭を使うことで、結果的に多角的な視点が身についたように思う。

 

これは言語が影響しているか定かではないが、特に顧客視点、外国人視点で考えることが出来てきた。営業先に同行していることが大いに影響していることと思うが、技術について盲目的に語るのではなく、顧客価値を基準に技術を考えるようになった。また、メールを具体例として考えた場合には、日本とは文化が違う外国人に伝わる文章はどのようなものか、などこれまでは持っていなかった視点も得た。

 

ちなみに意味が的確に伝わる文章に必要そうなことをリストアップしておく。いつか機会を設けて詳しく書き下しておきたい。

 

- 主語、述語、補語、目的語が明確であること。

- 論理的であること。

- 英訳しやすいこと。

- 再現性できること。

 

一概には言い切れないのだが、頭が良くて多角的な視点が身についた訳ではなく、外国語や文化を学んだことで多角的な視点が身についた=頭良くなった、と考える方が自然だろう。

 

同じ行いでも一つパラメータを変えて(本論の場合は言語)取り組むと、典型的な効果以外の予期せぬ効果が期待できるのかも。